02 高校物理から工学へ

— わからなかった私のための工業数学(002) —

工業数学とは、端的にいうと「現象を数式で記述するための道具」です。現象を数式で記述することを「物理モデルを作る」といいます。ですので、まずは「物理モデルとは何か」から始めましょう。とはいっても、題材は高校物理の力学、ばねと$F=ma$ です。

§1. 「その公式はどこから来ましたか」

まず、高校物理の復習から始めましょう。

問 図4-1のようなばねと物体がつながれている装置を考えます。ばね定数を$k$、物体の質量を$m$とします。摩擦は無視できるものとします。右向きを正とします。物体をばねの自然長の位置から右向きに$x$だけ変位させ、その位置で静かに手を離します。このとき、手を離した直後に物体にはどの向きに、どれだけの大きさの加速度$a$が生じるでしょうか。

ばねにつながれた物体を右向きにxだけ変位させた図
図4-1

物理を習い始めた高校生なら、多分こう解くでしょう。
「物体の変位は$+x$です。フックの法則 $F=-kx$ と運動方程式 $F=ma$ から、$ma=-kx$ と書けて、$a=-\frac{k}{m}x$。負号は左向きを意味するので、加速度は左向きです。できました」

その通りですが、では、$F=ma$や$F=-kx$はどこから出てきたのでしょう。実験から得られた法則なのでしょうか。それとも、力というものをそう定めた定義なのでしょうか。

「これらの式はどのように立てられたのか」
この問いにきちんと答えるには、力とは何か、質量とは何かを掘り下げる必要があります。

§2. 同じ現象を、異なる立場から見る

まず、ばねの立場から見ます。ばねは自然長から $x$ だけ変形しています。フックの法則によれば、ばねが物体に及ぼす力は $F=-kx$ と書けます。負号は、力が変位と逆向きであること、つまり左向きの力であることを意味します。

次に、物体の立場から見てみます。いま手で押さえているので物体は静止しています。しかし手を離せば、物体には左向きの加速度が生じ、その直後から左へ動き始めるでしょう。ニュートンの運動方程式によれば、物体に働く力と加速度の関係は$F=ma$です。

ここで、ばねについて考えた $F$ と、物体について考えた $F$ は同じ力です。この共通の $F$ を介して2つの式を結ぶと、$-kx=ma$ が得られます。

§1で行っていたのは、この「異なる立場から立てた式を、共通の物理量で結ぶ」という操作でした。

このように、現象を観察し、ばねと物体に起きていることを一つ一つ数式で記述していくと、$F=ma$や$F=-kx$ が、「教科書に書いてある公式」から「感覚を伴った数式」に昇華した感じがします。

§3. F=ma を別の表現に変えてみる

ニュートンは第二法則を $F=ma$ と加速度を使って記述したのではなく、「運動量の変化は加えられた力に比例し、その力の方向に生じる」と運動量で記述しました。運動量は $p=mv$。$m$は質量、$v$は速度です。こちらの方が実感がわきます。重いものが当たると痛い。速いものが当たると痛い。

ニュートン第2法則を「力と加速度を結ぶ公式」としてではなく、「力とは運動量を変化させるもの」と捉えてみます。時間 $\Delta t$ の間に運動量が $\Delta p$ だけ変化したとします。この間の平均的な力は、$F=\frac{\Delta p}{\Delta t}$ と表せます。質量$m$が一定なら $\Delta p=m\Delta v$ なので、$F=m \cdot \frac{\Delta v}{\Delta t}$ です。ここで $\frac{\Delta v}{\Delta t}$ は、この時間 $\Delta t$ の間の平均的な加速度 $a$ ですから、$F=ma$ となります。$F$ の方も、正確には同じ $\Delta t$ の間の平均的な力です。ここでは短い時間の間の平均的な関係として捉えていて、瞬間ごとの変化をどう表すかは後の回で扱います。
こう捉えてから $F=ma$ を見直すと、$a$が実感を伴ってくるのではないでしょうか。

§4. 見えないものを見えるもので結ぶ

さらに、$F=ma$を見直すと、もう一つ気づくことがあります。この式には、直接には目に見えないものが2つ含まれています。

一つは「力」です。力は見えません。私たちが力を知る手掛かりは、いつも別の量の変化です。ばねなら、自然長からの変形 $x$ から、ばねが及ぼす力を $F=-kx$ と捉えることができます。物体なら、ある時間 $\Delta t$ の間の運動量の変化 $\Delta p$ から、その間の平均的な力を $F=\frac{\Delta p}{\Delta t}$ と捉えることができます。いずれも、見える量の側から見えない力を捉えています。

もう一つは、「時間」です。時間も見えません。時計の針は見えますが、それは針の位置という別の量の変化を見ているだけです。私たちが「時間」と感じているものは、何かしらの変化そのものです。振り子が振れる、砂が落ちる、心臓が打つ、季節が巡る。時間とは、基準に選んだ変化のことです。時計の針も振り子も、その基準として選ばれた変化にすぎません。時間を測るとは、こうした変化を数えることです。

$F=ma$を、この視点で読み返してみます。左辺の $F$ は、直接には見えません。時間も、それ自体を目にすることはできません。私たちに観測できるのは、位置 $x$ が時間とともにどう変化するかという情報です。加速度は速度の変化から求められます。速度は位置の変化から求められます。したがって、位置が時間とともにどう変化するかを観測することで、最終的には $F=ma$ を介して力を捉えることができます。

つまり、$F=ma$とは、直接には見えない「力」を、観測できる位置 $x$ の変化を通して捉え直すための式と言えます。時間もまた、位置などの変化そのものを通してしか捉えられません。物理式とは、見えないものを見える量の変化で表したものと言えます。

§5. 工業数学とは

これまで見てきた、「ばねの立場」と「物体の立場」を共通の $F$ で結ぶという考え方は工学全体で繰り返し現れます。ばねの側の $F=-kx$ は、そのばねという「部品」が持つ性質を表しています。物体の側の $F=ma$ は、力を受けたときに物体全体がどう動くかを表しています。工学の他の分野でも、部品や材料の性質を表す関係式と、系全体を支配する関係式を組み合わせる、これとよく似た構造が現れます。

分野部品・材料の性質を表す式全体を支配する式
力学(ばねと物体)フックの法則 $F=-kx$運動方程式 $F=ma$
電気回路オームの法則 $V=RI$キルヒホッフ則
熱フーリエの法則エネルギー保存
流体ニュートンの粘性法則運動量保存

いずれも、異なる立場から得られた関係式を、共通する物理量を通して結びつけ、モデルを作っています。

工学は、現在の状態をモデル化して、まだ起きていない未来を予測する学問です。そのモデルを作るための道具が、工業数学です。

まとめ

  • 物理式は、同じ現象を異なる立場から書き、共通する物理量で結ぶことによって得られる。この作業を「物理モデルを作る」「モデル化」という。
  • $F=ma$は、見えない「力」と見えない「時間」を、観測できる位置 $x$ を介して結びつける式である。
  • 工学の各分野では、「部品や材料の性質を表す式」と「全体を支配する式」を結んでモデルを作るという、よく似た構造が繰り返し現れる。
  • 工学は、モデルを作り、まだ起きていない未来を予測する学問である。そのための道具が、工業数学である。

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