
シベリア抑留地球儀
1945年以降、旧ソ連が日本人を抑留した現在のロシア領23地域を、実際の行政境界データで3D地球儀上に表示しています。
「シベリア抑留」のシベリアは、どこだったのか
「シベリア」と聞くと、ハバロフスクやカムチャツカ半島辺りを思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。
しかし、それらの地域は「極東」と呼ばれ、「シベリア」はウラル山脈の東から、バイカル湖の東側までの内陸部を指します。そして抑留先は、シベリアと極東だけでなく、ウラル、モスクワ州、中央アジア、モンゴルまで広がっていました。
抑留中の死亡者(注1)は約46,600人。そのうち最も多いのは極東の約22,000人。シベリアは、約19,000人でした。
「シベリア抑留」の実際の範囲を、3D地球儀で見ることができます(注2)。
注1:村山常雄編「ソ連抑留日本人収容地区の所在と各地域ごと犠牲者数」(2013年9月現在)による。
注2:地球儀は現在の行政区分で色分けしており、バイカル湖の東側にあるブリヤート共和国とザバイカル地方(旧チタ州)は極東の色で示しています。

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