1. 「好き」を仕事にする
『えっ! ゴッホって、こんな人?』 を書いたときに、「美術作品を見たときの感想としてお金に関することは想定しないのではと思います(美術教育の専門家に聞いてみないと!)」と書きました。ということで、聞いてみました。
〇M氏(画家&美術教員)
B.T.「絵を生業にする話をしたり、生徒に聞かれたりすることはありますか?」
M「多少あります。ただ、楽しいけど苦しいよ、と話していますね(笑)」
アーティストの仕事のいいところは「残る」ところですよね。ものとして残る。記憶として残る。そのためには作り続けないといけない。続けられる人だけが作家になれる。そういう環境を自分で作る必要がある。それが、「楽しくも苦しくも」ということなのでしょう。
私は、この話を伺って、「『作る』は教えてきたけど、『続ける』は言葉にしてなかったな」と反省しました。
〇A氏(美術教育の専門家)
B.T.「絵とお金の話を授業ですることはありますか?」
A「しない気がします。ルソーは絵の値段をどれだけ多くの色を使うかで決めていたり、岡本太郎は1枚も絵を売らなかったりとか、色んな人がいますね。一番好きなことで飯を食っていくのは辛いですよね。好きなことを嫌いになりそうだ。好きなことは仕事にしないで取っておくのもいいと思います」
確かに。好きなことを仕事にして、もし、それが続けられなくなったら、好きなことを一つ失うようなことにもなる。
どちらも説得力のあるお話でした。
次に、音楽業界を見てみます。
2. 音楽で食っていくとは
私は高校教員でしたので、進路指導は仕事の一部でした。
最近は出会うことがほとんどなくなりましたが、今から20年ほど前は、毎年必ず、「音楽やりたい。東京の音楽専門学校に行く」と主張する生徒がいました。こういう生徒は、保護者と話し合いもしてなければ、家庭の経済状況も全く考えていないことが、ほとんどでした。自己主張しかないので、周りのアドバイスなんて受け入れません。「バイトしてやっていける」。部屋を借りるのにいくらかかるかも知らない、保証人が必要なことも知らない、でも話は聞かない…。
あるとき、音楽専門学校の方と会うことがあって、こんな生徒がいて…という話をすると、専門学校の方は、こうおっしゃっていました。
「私たちは、保護者には、こう言っているんですよ。『無理矢理、違う道に進ませると、一生恨まれかねませんよ。だったら、長い人生のうち、2年間好きにさせるという考えもあるんじゃないですか。自分で答えを出しますよ』と。プロになって、CD1枚出すのは、それほど難しくないです。レコード会社も何が売れるかわからないので、1枚は出してくれます。問題は2枚目、3枚目と続くかどうかなんです。
音楽で飯を食っていくと言ってもいろいろありますよ。バンドのスタッフとして働く。音楽業界に就職する。音楽と関わって飯を食っていく方法はたくさんあります」
この専門学校の話を聞いて、生徒には「好きなことを仕事にするというのは、好きなことの周辺の仕事も含まれるよね」という話をした記憶があります。
この生徒は、結局、音楽の道には進まなかったのですが、私は、このことから、「好きなことを仕事にする」を広く捉えることを学びました。
※これは、CDが百万枚とか売れてた時代の話です。この専門学校、年間の授業料がかなり高額で、通わせることができる家庭であれば選択肢としていいでしょうが、そういう家庭ばかりではありませんよね。
3. プロの仕事とは
自動車ディーラーに勤務している元生徒がいます。彼は、車いじりが大好きなのですが、整備士の道には進みませんでした。理由は、本人曰く「もうけとか時間とか度外視して、車をいじり出して、コントロールが利かないとわかっているので、仕事にはしない」と言っています(それだけか?と私は思っていますが)。
知り合いの写真屋さんに「プロの写真とアマチュアの写真って何が違うんですか」と聞いたことがあります。
写真屋さんの答は「どんな状況でも80点の写真を撮るのがプロです」。
私が聞きたかったのは、プロとアマチュアの撮った写真にどんな違いがあるかという意味だったのですが、ずっとあとになってから、写真屋さんの言っていた意味がわかるようになってきました。
写真屋さんは、記念撮影だったり結婚式だったり、卒業アルバムだったり、依頼を受けて撮影します。そこには必ず、コストが考慮されます。
撮るのは、一度きりのイベントばかり。「私、写ってないんだけど」というような写真では、お金は得られません。そうすると、記念撮影で、「〇〇の方、もう少し右へ」とまあまあ時間がかかる理由がわかります。ちょっと我慢してもらっても、写真屋さんは仕事を成し遂げなければならない。
一方、アマチュアはコスパを考えなくていい。好きなだけ時間をかけて、最高の一枚を目指せばいい。それが、プロを凌駕する一枚が撮れたりする理由なのかも、と思ったりします。
4. 「私はパンが好きなので」
これは、パン業界の日本のトップメーカーを訪問したときの話です。求人担当の方は、こうおっしゃっていました。
「志望動機で、『私は御社のパンが好きで…』という話をする生徒さんがいるんだけど、私どもとすれば、それは『ありがとうございます。これからも、お客様でいてください』なんですよ。それは志望動機じゃない。志望動機とは『なぜ食べる側から、作る側に回りたいのか』です」とおっしゃっていました。この話はずっと進路指導に使わせてもらいました。
好きなことを仕事にするとは、作る側、提供する側に回るということ。M氏の言葉が聞こえてきます。「楽しいけど、苦しいよ」。
それでも、やると決めて、「好き」を仕事にしている人たちがいます。ただ、「好き」だけでやっていけるわけではない。その人たちを動かしているのは、「好き」とはまた別種なものではないか、と思います。
5. 続ける理由
では、「好き」とは違う、人を動かすものって、何なのでしょう。私は、長い間、それを言葉にできませんでした。
このブログは「なんで書いてるの?」と聞かれます。コンテンツ も「作ってどうするの?」と言われます。ある方には、仕事でやっていると思われていました。また、「好きでやってるんでしょう?」と言われても、「ハイ!」という感じでもないのです。自分でも「何で作ってるんだろう」という気持ちだったのです。
最近、ようやく、noteを書いたり、コンテンツを作っている時の気持ちを表現してくれる言葉に出会いました。若松英輔氏(批評家・随筆家)の言葉です。
「自分の中に、無視できないものがある」
これだ!と思いました。
このnoteもコンテンツも、「無視できないもの」を形にしたものです。無視していると、さっぱりしない。モヤっとする何かが自分の中にある。誰かの役に立ったら本望ですが、使われなくて構わないから作ったものたち。「作りたかった」とは、別種なものです。
「自分の中の無視できないもの」
この言葉には、「好き」も「仕事」も「続ける」も、包み込む力を感じます。
この、「好き」と「続ける」という文章も、「自分の中の無視できないもの」を言葉にすることで出来上がりました。私も、誰かの感情に形を与えられるような言葉を書きたいものです。

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