機械と音楽をつなぐ「群」
ついに、タイトルである「ねじ・音楽・群」にたどり着きました。機械(時計とねじ)と音楽に共通する構造を見つけていきます。
1. 歯車 — 回りて、再び出会う
まず、下記の直積時計から見て下さい。画像をクリックすると開きます。アプリとして、デスクトップに置けます。

この時計は、1時間ごとに正三角形は120°、正方形は90°、正12角形は、30°回転します。三つの図形が別々のリズムで動きます。三角形には向きを示す印が付いているので、120°回しても、どの状態にあるかが分かります。
三角形と正方形だけを見て、時刻を読むことができます。三角形は3通りのどれか、正方形は4通りのどれか、必ずどこかにいます。二つを組にして書くと、12時間の間に次のように変わります。
| 時刻 | 三角形 | 正方形 |
|---|---|---|
| 0時 | 0 | 0 |
| 1時 | 1 | 1 |
| 2時 | 2 | 2 |
| 3時 | 0 | 3 |
| … | … | … |
| 11時 | 2 | 3 |
3と4は1以外に共通の約数をもたない(互いに素である)ので、(三角形, 正方形)の組は12時間のあいだ一度も重複せず、12通りすべてが現れます。だから二つの図形だけで時刻が決まります。
このように、ものを動かしたときに、動きどうしの間に現れる関係を、「構造」と呼ぶことにします。
直積時計は、3通りと4通りの動きが重なり、12通りで一巡して元に戻る、という構造です。言い換えると、別々の周期で動くものが組み合わさって、新しい一つの周期が現れる。「回りて、再び出会う」です。
直積時計を見ていたら、こんなことが思い浮かびました。
それぞれの周期で回り、時に重なり、離れ、また重なる。私が感じる時間とは、同時に進んでいるものの重なりではないのか。
人間は「時間そのもの」を見ることはできません。見ているのは変化です。四季が巡る。潮が満ちて引く。朝になり、夜になる。月が満ち欠けする。花が咲いて、散る。それぞれ周期も位相も違い、それぞれのリズムで進んでいる。それでも、ある瞬間には重なる。それぞれ別の現象なのに、それらの変化を重ねて、人は時間を実感している。
「違う周期で動くものを、同時に見ると何が見えるのだろう」
人は、そこに何かの関係を見るのかも知れません。
2. ねじ — 前進か後退か
日常で最も目にするねじは、ドライバーで回して締める、いわゆる「ねじ」だと思います。

これは、機械の用語でいうと、一条ねじといいます。ねじの螺旋が一本です。螺旋が二本のものは、二条ねじといいまして、びんのふた、ペットボトルのキャップの一部などに使われています。
下記は、一条ねじと二条ねじの違いをみえるようにしたコンテンツです。画像をクリックすると、ブラウザー上でハンドルを回して、部品を動かすことができます。

ねじの山同士の間隔をピッチといいます。一条ねじなら、ハンドル1回転でねじ1ピッチ。二条ねじなら1回転で2ピッチ分進みます。ハンドルの回転の速さは同じでも、ナットの進む速さが変わります。
二条ねじでは、1回転ごとに1ピッチ飛ばして、2ピッチ先に進むことになります。この「2つずつ進む」という形は、あとで音楽の中にもう一度出てきます。
3. 構造で見る、ねじと歯車
ねじと歯車(時計)の違いは、なんでしょう。
時計の針は、回転していれば、いずれ同じ場所に戻ってきます。三角形も3回、正方形なら4回で戻ります。ところが、ねじは、同じ向きに回し続けるかぎり、同じ場所には戻りません。
ねじを締める向きをプラス、緩める向きをマイナスとして、1回転、2回転、3回転と数えていくと、…、-3、-2、-1、0、1、2、3、…という整数の並びと同じ形が現れます。輪ではありません。両側にどこまでも続いていく直線です。
歯車は「輪」の中を巡って元に戻る。ねじは「直線」の上を進み、同じ向きに回すかぎり戻らない。違う構造をしています。
では、ねじと歯車に、共通する構造はあるでしょうか。
一つ目は、元に戻す動きがあることです。1時間進めた時計は1時間戻せば元に戻り、1回転締めたねじは1回転緩めれば元に戻ります。
二つ目は、動きを重ねても、同じ種類の動きになることです。時計を2時間進めて、さらに3時間進めれば、合わせて5時間進めたのと同じです。ねじを2回転締めて、さらに3回転締めれば、合わせて5回転締めたのと同じです。動きを組み合わせても、時計の動き、ねじの動きの範囲内です。
輪と直線という違いがあっても、動きどうしの関係には、こうした共通する構造があります。数学では、このような構造をもつ動きの集まりを、「群」(注1)と呼びます。歯車の動きも、ねじの動きも、群の一例です。次の節では、「群」を音楽の中に探してみます。
(注1)群の定義については、6. 用語のまとめ を参照。
4. 音楽に現れる「群」
「ハッピーバースデー」を、続けて二つ聴いてください。
「▶ 再生」をクリックすると、ブラウザーで音声が開き、再生されます。自動で再生されない場合は、開いた画面で再生ボタンを押してください。
1. Happy Birthday(原形)

2. Happy Birthday(移調)

音の高さは違いますが、どちらも「ハッピーバースデー」だと分かります。二つ目(移調)は、一つ目(原形)の全部の音を上げたものです。すべての音を、音どうしの関係を保ったまま移動させたので、「ハッピーバースデー」に聞こえます。この操作を「移調」と呼びます。

ピアノの鍵盤を見ると、1オクターブが12の半音に分かれています。半音ずつ12回上がると、始めた音と同じ名前の音(1オクターブ上のドなど)に戻ります。音名も、時計と同じように「12個の輪」として描けます。移調は、この輪全体を同じだけずらすことです。時計の目盛りを1目盛り進めるのと、似ていませんか(注2)。
もう一つ、違う動かし方があります。
3. Happy Birthday(反行)

原曲で上がっているところが下がっています。音の高さを、鏡で映したような形です。この動きを「反行」と呼びます。反行を2回すると、上下が入れ替わって、また入れ替わって、元に戻ります。
4. Happy Birthday(逆行)

今度は音符の並び方を、後ろから読んでいます。音そのものを逆再生したのではありません。ここでは、音の長さは元のままで、音の高さの並びだけを最後から順に読んでいます。この動きを「逆行」と呼びます。逆行を2回すると、後ろから読んで、また後ろから読んで、元に戻ります。
反行と逆行を、両方かけたらどうなるでしょうか。
5. Happy Birthday(反行逆行)

上下も、前後も、両方鏡で映した形になります。先に反行してから逆行しても、先に逆行してから反行しても、結果は同じです。
これで、原形・反行・逆行・反行逆行という4つの形ができました。原形のまま何もしない場合も一つの操作と考えると、この4つの操作のどれとどれを組み合わせても、答えは必ずこの4つのどれかになります。反行と逆行を組み合わせれば反行逆行、反行逆行に反行を重ねれば逆行、といった具合です。外から新しいものは出てきません。これで、第3節で歯車とねじにあった二つの性質が、音楽の中にも現れました。ハッピーバースデーに対する動きも、群として扱えます。
いくつかの形を同時に鳴らしてみます。まず3つ、次に4つを重ねてみます。
6. Happy Birthday(3重)
7. Happy Birthday(4重)
移調と反行、逆行を組み合わせることもできます。
8. Happy Birthday(移調&反行逆行)
(注2)時計の12と音楽の12は、由来としては別のものです。時計の12は、古代エジプトなどで昼や夜を12に分けて時刻を数えた歴史につながっています。現代のピアノでは、オクターブを12の等しい半音に分ける十二平均律が一般的です。両者に直接の由来関係はありませんが、どちらも「12個で一巡する輪」です。
5. 12音技法とシェーンベルク
違う音の並びでも、反行や逆行を試してみます。今度は、1オクターブにある12種類の音を1回ずつ使った音列で試してみます。

9. 12音列(原形)
10. 12音列(反行)
11. 12音列(逆行)
12. 12音列(反行逆行)
こうした音の並びと、原形・反行・逆行・反行逆行、さらにそれらを移調したものを組み合わせて作曲する方法を、12音技法といいます。20世紀の作曲家シェーンベルクが発展させました(注3)。その実例の一つが《ピアノ組曲 作品25》です。
A. シェーンベルク《ピアノ組曲 作品25》第5曲「メヌエットとトリオ」
演奏:Glenn Gould Source: Glenn Gould Official Artist Channel / Sony Classical
(注3)アルノルト・シェーンベルク(1874–1951)。オーストリア生まれの作曲家。1オクターブにある12種類の音を一つずつ含む音列を作曲の基礎に置き、原形・反行・逆行・反行逆行、さらにそれらの移調を用いて曲を組み立てる12音技法を発展させました。20世紀後半のアメリカでは、ミルトン・バビット、アレン・フォート、ジョゼフ・ストラウスといった音楽学者や作曲家が、こうした操作の集まりを数学の言葉で整理する研究を進めました。
6. バッハ — 反行と逆行を駆使した作曲家
反行や逆行は、20世紀に発明されたものではありません。ずっと古くから、作曲家たちは同じ動きを作品の骨組みに使ってきました。
13. バッハ「蟹のカノン」
18世紀の作曲家バッハの曲です(注4)。一つの旋律を、一方は頭から、もう一方は末尾から演奏すると、二つの旋律が同時に成立します。逆向きに読んでもぴったり合うメロディーを、およそ280年前に人が書いていました。
もう一つ、バッハの「螺旋のカノン」の仕組みを、教材用音源で聴いてみます。
14. バッハ「螺旋のカノン」の仕組み(教材用音源)
短いメロディーが、少しずつ上がっていきます。1回終わるごとに、全体が2半音(全音)ずつ上がって、また同じメロディーが始まります。6回上がると2×6=12半音、つまり1オクターブ上に到達して、始めた音と同じ名前の音に戻ります。音の12個の輪の上を、2半音ずつ6回進んで一巡する形です。
このとき、「音名の輪」の上で通る移調の位置は、12個のうち6個だけです。第2節で見た二条ねじが1回転ごとに山を1つ飛ばして進んだのと、同じ形が音楽の中にも現れています。機械の中で見た動きが、音楽の中にもあります。
時計の三角形は3時間で戻りました。螺旋のカノンは、メロディーが2半音ずつ上がる動きを6回繰り返して、元の音名に戻ります。「輪の上を巡って戻る」が、280年前の音楽の中にも入っていました。
バッハは数学を用いて作曲したのではありませんが、曲の構造は、数学で記述できるような形をしています。バッハが会員であった「音楽学術協会」は「数学と哲学によって音楽を発展させる」ことを掲げており、作曲において数学的な構造を意識していたとしても不思議はありません。
実際の演奏は、こちらから聴けます。
J. S. Bach《音楽の捧げもの》BWV 1079/4「蟹のカノン」
演奏:Shunske Sato Video: Netherlands Bach Society / All of Bach
J. S. Bach《音楽の捧げもの》BWV 1079/8「Canon a 2 per tonos」(螺旋のカノン)
演奏:Shunske Sato(violin)、Leo van Doeselaar(fortepiano) Video: Netherlands Bach Society / All of Bach
(注4)ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)。「音楽の捧げもの」(1747)に、「蟹のカノン」と「螺旋のカノン」(原題 Canon per Tonos、「無限に上昇するカノン」とも呼ばれる)が含まれています。螺旋のカノンは、反復するたびに全音上へ転調するよう作られており、繰り返せば理論上どこまでも上昇していきます。この章の音源は、王の主題(フリードリヒ大王が示した主題)の冒頭8音を全音ずつ上げて7回並べた教材用のもので、原曲を単声化したものではありません。
7. 違うものの中に同じものを見つける
時計を1時間進める。ハンドルを1回転させる。音を1半音上げる。反行を1回かける。歯車、ねじ、音楽。別々に見えるものに、共通する構造が現れていました。
振り返ると、見えてきた構造は、次の3つです。
1. 繰り返すと元に戻るものがある(歯車、音名、反行)。戻らないものもある(ねじ)。
2. どれにも、元に戻す動きがあります。進めた時計は戻せる。締めたねじは緩められる。反行は2回で元に戻る。
3. 動きを重ねても、持っている動きの範囲から出ない。時計を2時間進めて、さらに3時間進めれば、5時間進めた動きになる。反行と逆行を組み合わせれば反行逆行。持っていないものは、作られない。
時計、ねじ、移調、反行と逆行、シェーンベルクの音列、バッハのカノン。同じ仕組みが、機械の中にも、音楽の中にも入っていました。違うものの中にある「同じ」もの。これを扱う数学が「群論」です。
身の回りを「群」の目で見渡してみると、「あれも群かな? これも群と言えるかな?」という視点が生まれます。機械と音楽のように、共通点を挙げることが難しいと思っていたものの中に、同じ構造、共通する何かを持っていることに気づかされます。
数式や記号を使わなくても、「群」という視点でみると、新しい気づきが生まれるのです。
8. キューブを回して「群」を知ろう
時計の動き、ねじの動き、反行と逆行は、どれも順番を入れ替えても結果が同じでした。時計を2時間進めてから3時間進めても、3時間進めてから2時間進めても同じです。反行と逆行も、どちらを先にかけても同じでした。ところが、順番を変えると結果が変わる動きもあります。実は、移調と反行がそうです。ルービックキューブの操作も、その例です。
下記は、ルービックキューブを実際に操作しながら、群の考え方を学ぶWeb教材です。画像をクリックすると開きます。10のステップで、置換、逆元、非可換、位数などの群の用語を体験することができます。わからなくても、間違えても、ガイドが出るので、操作してみるだけで大丈夫です。

第11章のまとめ
- 「群論」とは、違うものの中にある「同じ」ものを扱う数学である。

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